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  • 執筆者の写真keisyu

「5」という数字

昨日までばたばた!ばたばたどたどた~!っと目まぐるしく過ごしていました。

父の病院から4日に「会っておかれた方が‥」という事で姉と行き、言葉は

でませんが父は目を見開いて答えていて、私的に

「これが最期かな・・・」と思っており、翌日5日の早朝に徐脈であると

連絡がきて「間にあわないかも」という事でしたが、やはり間に合わず

私の確認という事で死亡時刻となりました


私が家を出てすぐ位に父の生命が終わったようです

いつも父の何かで病院に行くときは天気でしたね~

「お父さん!今日も天気だねえ」という日々でした


父は母のプレゼントしたポロシャツとスーツを着せてもらい

これでしっかりとした格好で母の前に出て今までの

謝罪をするだろうという事でしっかりと着せてもらいました


「そんな恰好で来て!」と怒られないように数日前に病院に

届けてよかった^^


7日はとにかく荷物の搬送を行い、とにかく片づけです(父の住居の)

友人に協力してもらい運びまくり、捨てまくり・・・感謝感謝です


もうね、まじで自分の時はね!すっきりしていかんとあかん!と

強く思いました!


そして昨日火葬と納骨という事で父の一連の人生を終えました


ここで、「5」という数字ですが、なんとなんと

母、兄、父の命日が「5」

そして昨日父の炉のナンバーも「5」

姉の誕生日も「5」という事で本当に「5」づくし!


5という数字は私の中では葛藤と喧噪ののちの変化という認識ですから

前むきになれる数字です(個人的に)


そして父の乗っていた軽自動車でお墓に行き、これもまたよかったです


父は生前、母と兄の月命日には軽自動車でお墓参りに行き

そして「掃除してきたぞ」という電話がありました

片道1時間半から2時間程度をかけて毎月父は掃除にいってました


そこに父も入り、いつか私も入る予定ですのでそれまでは守って

行かないといけませんね(私は墓守の星をもちますから守ろうという

決心も強いのはそのせいかな)


父の弟のおじさんもお墓にかけつけてくださって父のいろいろな事を

聞けました 良くも悪くも父だなという印象でしたが

父も50年かけて神になるという事でここからがんばっていただきたい!

神道という事でそのようにおじがいってました。

ただ供養は必要という事ですから日々お線香をあげて、父の50年の

これからの修行の道を私が生きてる限りはお手伝いですね



おじも、兄がここに入れるとはおもっていなかったろう(本人が)

それを子供たちがこのようにしてくれて本当に安心しているだろう・・と


言っていましたから良かった良かったという事です。


「骨壺が丸いようにまるく収まったな!」とおじが笑って私も笑って

しまいました。

だから丸いのか!とも思ってしまいましたが

一つの時代が終わったなあと思いながら、あとは二人と兄に手を合わせて

日々を頑張っていくという事です


やっと通常の日常にもどれるかな。。


まだ父の住宅の最後の立ち合いをしてやっと終わりになりますが

大きなことは終わりました。。ふうう・・・

立ち会いも終わったら一人で何かお祝いしようかな~^^

とういことで、倒れてから全然、家でゆったりという事ができず

子供にも迷惑をかけていましたね。。。。

仕事の前後に父の片づけをしにいってたので・・・


関わってくださった方々 本当にありがとうございました!!



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