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執筆者の写真keisyu

エンディングノート

母宛てに同窓会のはがきが届きました

欠席に〇をしてお礼を書かせていただきました



母の妹達から お菓子とお花が届きお盆用の提灯も飾り

新盆の準備も私なりにしてみました


なかなかにぎやかなお仏壇になっておりますぞ^^

「おかえり おかあさん💛」


母は大舘からお寺さんに来ていただきありがたいお経を読んでもらい、

素晴らしい戒名を授かりました


その戒名でやっと母も納得して旅立たのを肌で感じたので

とても気に入ったのだと思えました


ただ私は一切それらは要らない

子供たちに、同情とか形式にこだわらないでお葬式は一切いらない

とにかくそのまま最短でお骨にしてくれと伝えましたがエンディングノートは

書こうとおもって検索しております


母を看取り、見送り、いろいろと自分にとっての断捨離部分ができた

お葬式で最後の顔を見られる事も私はとても嫌だと感じた。

(あくまで私の私見です)


戒名も不要、お葬式も不要、お経も不要。あと何が不要だ?という

不要探し。同情も不要。

だからこそ私は毎日を最後になってもと思って生きている


とにかくそれが私の意志なので子供たちに伝えても結果として

親族がそれはちょっと・・みたいな感じで子供たちが万が一にも

非難にさらされては困るので書こうと思った。


母は本当に何も手続き的なものを、一切これはこうしてとか言わずに

去った(時間はあったけど)ためにそこからが大変であった。

確かに母は最期までもっと生きようとしていたかもしれない

(そんなこと聞けるわけもなく)

先生と私の間では「もう長くはない」と言葉は交わされていたけれど

母は最期まで薬を飲んでいた。最後の最後は痛みと苦しさ緩和のモルヒネに

なっていたけれど・・薬を受け取る手が生きようとしているように思えた。


そして亡くなってからは煩雑な事務的な仕事が残っていた。。

車の保険、家関係、、全て本当に事務処理の手続きだらけ・・

どことどう契約していたかわからないものは引き落としをみて

そこから探る、でも「ご本人でないと」「亡くなったんです」の応戦も

あり。。。「おいおいおい」って思ってしまった・・母よ。。「おいおいおい」

なんですけど。


今はなんとなくそれらも終わり(1個だけ プライバシーどったらこったらで不明)

自分の今後を考えている。

本当に何もいらないので火葬場でまっていてくれたらそれでいいかな。。

そこはちょっと子供らにはお願いしてしまうが・・・。


あとお墓が遠いのでそこも少し往復の時間はかけてしまうが・・・

次男の「海でなくていいの?」というこういったクールな面も好きだな。


多分過去に海でいいやとか簡単に口走ったのかも、、

次男はどこまで流れていくの?みたいにいっているので、、、

「いや、そこはさ・・・焼いてもらって粉にしてもらっていい?」と。

「あとどこでも流していいわけじゃないみたいだから」

次男の口調からいってどうやら生身(?)のまま どぼんとやるつもりなのか。



生前ご迷惑をおかけして生きているのでそこはきれいに跡形も無くいけたらそれでいい。

母のお葬式では思った以上に費用もかかった。そこにかけるならわずかなものを子供ら

3人で分けて欲しい 分ける程あるのか?!ないな・・・すまん💦


子供たちにはあとから知る友人に「母らしかった」といってくれたら

友人たちはそれで納得するだろう^^

「ああ・・●●らしいな^^」と男女問わず思ってくれるだろう


そんな友達ばかりなのでそれでよし!


母の同窓会のはがきを書いていてより強くそう思った


きっと9月の母の同窓会で母を忍んでくれるだろう^^

はがきの最後に「母らしく強く美しく終える事ができました」

添えた。

あとは念のため私の電話番号と。

母を通して思ったのは最期を迎えてその後、一人の人間が全てを終えていくという

事の大変さ。


だからこそ 思う

・簡素化

・不要と思ったものは不要

・不要と思う事をしっかりと伝える、残す

・ママはお金がかかるからお葬式やりたくないのかなという

 だいぶ間違った認識や同情をうけないためにも書く必要がある

・書類や契約のものを毎年書こう

そんなとこだろうか


最近の私はネットフリックスでバイキング系の戦い映画を見ている。

そこで兵士たちは戦士として亡くなれば「バルハラへ」という。

完全にそこに陶酔してますからもはや バルハラへ!が心の合言葉

誰とも戦ってませんけどね。。


生きてるまでは生きているが私のモットーでもあるので

生きているうちに子供らに伝えておかねばなるまい。

「母は一切不要」という事を。これは私の父がそうです

父は「お父さんが死んだら一切葬式は不要だ。火葬場のみでいい。サツマイモと書いて

種子島に骨を送ってくれ!」と言ってます。これは私と父の鉄板の会話で

よく笑ってます。

ここは親子で似てますね。


冷たくなった私に涙も言葉も不要 ならば生きているうちに言ってくれ

(クレームは嫌💛)


という事で、母宛てにきたはがきで考えさせられた・・。

母という一生の終え方

私という一生の終え方 それは全く認識も違うということ。


ただ、母には姉とともに どんなお葬式がいい?なんて元気であれば

笑いも交えて聞けたかもしれないが・・・


実際急に倒れた母には無理で、、

母から言って欲しいと何度も想った(体は動かないが、頭はしっかりしていたから)


「お母さんこうしてほしい」とかね・・・

なので秘密裏に姉と進めていた。


ただ生前に斎場の見学も誘われていたので一連のお葬式はやろうと

思っていたのだろう・・・。

そこは叶えたのでよかったかな


本当に親の死を通じて考えさせられたのと意志は大切だと改めて思った。

私が命を閉じ、子供らがお葬式をしない事にあれやこれや言われて

結果お葬式を天から見つめて、「おいおいおい」ってならないように

しておこう。


今日はこのHPを子供たちは見る事はないけれど

いつか見るならばという備忘録的な内容ですね





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