人は思うようにいかない
- keisyu

- 6月27日
- 読了時間: 2分
高野山の説法で、このフレーズを唱える会があり
いやあまさにまさに。
母のお仏壇には綺麗な笑顔の遺影があるが、死にゆく間際は、人は、死に向かうのにこんなに苦しい思いをせねば浄土へいけないのかと思うほどだった。
母は美しい戒名を携えやっと蓮の花をあの世で愛でているように思う。
息を引き取りお骨になるまで頭痛と吐き気
祖母は枕元に無表情の母が立ったそう
祖母は人の死がわかる人なので悟ったかもしれない
この、人は思うようにはいかない を聞き、母を
思えば老々介護で祖母を見て、ストレスや祖母のわがままを一身にうけ倒れて、寝たきりになった
祖母は行きたくないと言い続けていた叔母の元へ、
母が枕元で聞く祖母からの言葉はどんなにか辛かったか
母は淋しい、お前の元に戻りたいという言葉を聞きたかったかもしれない。しかし、結果は真逆で素晴らしい、楽しいというような声高らかに母へ伝えてくる
母が祖母に
もう疲れたからと電話をきる
横にいた私は、残酷な現実だと思っていた
必死で祖母を見てきた母、結果思うことの正反対の結果になり空をみつめていた
ある意味母の息を引取る顔は安らかとは程遠い。
なぜ?なぜ?私ばかりこんな。の顔であり痛みと呼吸苦の顔であり私と姉がいたが、孤独の死のような顔でした
私の頭痛も戒名の母らしいすばらしく美しい名をもち納得したのかすーっとなくなった
母には必要な戒名だったと痛感

今は母に花を供え父に榊を供えるのが日課であり
楽しい。

自分用にも。
人は思うようにいかない
人は思うようにいかない
人は思うようにいかない
これを唱えると楽になりますよ。
では 本日は映画を友人とみてきまーす
自分のバランスを優先にしていきましょう

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