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  • 執筆者の写真keisyu

過去と未来 母の死と先

無事に母の49日も過ぎまして、なんとなくのひと段落という

所になっています(^^)





子供の未来、自分の未来(老後 どひゃあ)、そして今を

生きるという事でどんどんこなしていかなければならない


タロット講座という自分の世界観を伝えていくという

事も楽しみの一つとなっています^^

全ては先々につなげていくという事ですね


ただ、、今ある問題として未来しかない私とは逆に

姉が過去へ戻っている

・母がこうなる前にもっとできたのではないか

・老々介護だった母から祖母を引き離していればこうまでにならなかった

 のではないか(母は倒れた瞬間から寝たきりとなりました)

・先生達は母に病状(間質性肺炎)や予後の悪さを伝えていたのか

・姉の家に祖母と母が行った時に相当な喧嘩をしたらしくその時に引き離していれば

 などなど・・

「こうなる前にこうなる前に」という姉についに私も怒りがあふれ出した


「確かに母を看取ったよ!いろんな人に明るい介護でしたと言われたけどね、

それは違う!母がこの家に来て心から笑う事なんてなかった!!

想えば後悔ばかりだよ!ああすればよかったこうすればよかった!と

言って、それをしてこなかったんだったら、祖母が母を苛め抜いたというなら

なぶり殺しだろ!」 ときれた・・。


姉は言葉を選ぶべきだといったけれど

親族が自殺をして なぜ?え?何があった?というのとは違う

祖母と母の異様と言える関係を知っててそれを見てきた。

いづれ近くに引っ越し母の面倒を見なければと思いつつ

結果としてそれはしなかった できなかった


母も祖母の愚痴は良く言っていた じゃあ施設に預ければ?と提案も

したけどそれをしなかった

姉が言う・・・あの頃 あの頃・・じゃあなぜしなかった?!

と私も怒りをぶちまけた


幸せな介護、看取り、そんな言葉ではない

最後はモルヒネと麻薬の投与 幻覚、母から感じる強い

「なんでこうなったのか」という念


母の死後それは確実になった

私を襲う 頭痛と吐き気

母は簡単には成仏はしない 自分の死に納得していないとわかった

姉は私のこういった視えないものを言う事を嫌う

母からは「こうじゃなかった・・・」「なぜこうなった」しか

感じない


納骨でやっと納得したようだ。。焼かれる時もずっと母は納得して

いなかったのを感じる。焼かれゆく母の前に立ち「まだか・・お母さんまだ

納得しないのか」と思っていた。

母の死後なんとも言えない表情で母が祖母の枕元に立ったと

聞いたとき母の最期の抵抗と訴えなのだと痛感した。


母の長年の日記を読み、あの頃あの頃という姉にぶつけた言葉は

なぶり殺しと自殺 その言葉を選べと言われたけどその言葉しか

浮かばない


私は未来へ目を向ける 母の日記は読まない 

ある意味では姉はまだ余裕があるのだろうとさえ思えた

日々進まなければならない中で、人を視るという事、感じとるという

事、、母の感情を感じ取り観念するまでの間の辛さは相当なものだった。


姉は視えないものをいう私の言葉は信じない(別にそれは良い)

ただ過去に戻って、 母が亡き後姉は何をしたいのか・・・

私は前に進む 姉は過去に戻る それだけの事


母の気持ちはまだ完全に昇華されてはいないけれどそれは認めつつ

あるようだ。。。

それは時間を掛けていく事なのだろうと思う


お互いに時間をかけて母は昇華へ姉は消化をしていけばそれでいいと

思う事にした


私は未来へ!という事で


昨日も鑑定へお越しいただきましてありがとうございました^^

お久しぶりのりぴ様、ご新規様 良いご縁に感謝の一日でした


大好きな先生が昨日で一度お休みにはいられます

最後に「これは伝えたいの」というお言葉・・本当に

ありがとうございました

長年の鑑定の重みを感じるお言葉をいただけてありがたいです


素晴らしい、私の目指すべき先生です^^

たくさんの方の背中を押されてこられた先生

本当にお疲れ様でした^^


今日も西武所沢sc 開運館にて対面の一日です^^

良いご縁に日々感謝です^^






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